行橋RC第42年度 平成17年3月29日 第28号
第2049回例会
本日のプログラム
・PETS報告
村上副会長
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4月 5日
次回のプログラム
・花見例会(山翆会合同)
時間:6:30〜
場所:普門寺
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第2048回例会記録 (H16.3.22)
*ロータリーソング:我等の生業 4つのテスト唱和
*お客様の紹介 :豊津町歴史民族資料館 川本英紀氏
会 長 挨 拶 会長 柏木利彦
人間最高の生きざまの三条件 自己探求 本当の貴方はどれですか 飯塚 毅著 TKC出版
第1に信ずること・・・自分が絶対に正しいと思ったことを信ずることである。
第2に洞察力を持つこと・・・多くの人は持っていない。殆どの人は洞察力を本気で磨きだそうとは
しない。自分の心の本質を見ようとはせず、心の対象物に心が奪われて暮らしている。
第3に絶えず自分の心を耕すこと・・・心が何処にも囚われないという自己鍛錬を積むこと。百錬千
鍛することにより二念を継がないことができる。
禅についての書には、難しい言葉がよく出てきます。
見性とは・・・見性とは、自己の本心、本性を徹見すること・・自心を見届けることである。それが禅における悟りである。禅は学問の有り無しや学歴や修行期間などとは全く無関係で、要は自分の精神を集中して自心の本質を見極めればそれでよいのである。・・単に覗き見るというような薄っぺらのものでなく「見得自心」であって、自分の心を徹見して、手の中に入れるように、徹見したものを、そのまま実践で生かせなければ見性とは言えません。
至道は無難。唯だ揀択を嫌う・・・艦智禅師の作で、信心銘という詩の最初に出てくる文句です。この言葉の意味は、悟りに至る道とは、少しも難しいものではない。唯分別すること、選択すること、囚われることを避ければ、それで良いのだという程度の意味です。悟りというものは非常に難しい、われわれ凡人からは遠い所に在るものだ、と考えがちですが、そうではなくて、分別心を持たなければ、そこに悟りが在るのだ、といっているのです。
委員会報告 (報告順)
次期幹事
(柴冨建實)
出席報告
(鳥谷慶司)
親和会
(宮田将英)
幹事報告
(廣瀬正和)
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・例会後に次期理事の臨時理事会を行いますので、お残りください。
・会員数43 病欠0 欠席14 出席29(メークアップ1)出席率67.44%
4/5は18:30より花見の会が普門寺にて行われますので、出きるだけ奥様揃って出 席をお願いします。
・3/27ゴルフコンペは出席者が5名程ですので残念ですが再度4/24、28の日程で計画 したいと思います。第一グループのコンペが4/10周防灘にて行われます。まだ出席 者が揃っていないので出席の方、宜しくお願いします。
・地区ガハナー :地区大会積極的登録のお願い
:シカゴ国際大会出席登録のお願い 3/25まで
・留学生桑原君 :1,2月度マンスリーレポート
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外 部 卓 話 豊津町歴史民族資料館 川本英紀氏

本日の話のテーマは江戸時代の大橋という事でお話したいと思います。なぜ豊津の人間が?といいますと実は私は現在、行橋市史の執筆委員で担当が大橋になっておりまして、本日はその成果をお話します。皆さんにお配りした地図は1868年、慶応4年(明治元年)3月に作られたものです。大橋、行事、宮市の一部が書かれたものが今日お配りした資料です。江戸時代の末期の大橋を描いていると考えて良いかと思います。
明治時代以前の現在の国道10号線にあたる道については中津に向かう道を中津街道といいますが、江戸時代には中津街道とは言いません。このようような地方の道は時代によって名前が変わっており、小倉藩の方では中津往来と言っておりました。又中津に行くと同じ道の事を小倉往来と言っておりました。九州には正式に街道という名称が付いた道は無かったようです。長崎街道は大きな道で、よく宣伝がされてはおり愛着を込めて呼んでいますが、これも正しくは長崎路といいます。
****地図を元に中津往来の説明、行事の方から入って大橋村を通って、、、、、****
この時代の行事は京都郡ですが、大橋は昔は中津郡でした。(今はありませんが)明治29年までは中津郡としてありました。合併により無くなりましたが郡境には互いに石を置いておりました。今では行橋市役所に飾られております。どの場所にあったのかという事ははっきりとは分かっておりません。
**大橋の国作治衣文衛門・松尾玄規・福田芳州のお話***
****大橋村の祭りについてのお話****
船通溝(船路川)というのは年貢米を運ぶ船が通った溝(川)で、今の長峡川の大橋御蔵という施設(現在行橋小学校)や行事御蔵があり、中津郡の年貢米は大橋御蔵又は普通の蔵へ一旦入れなければなりませんでした。大半は大橋御蔵へ入れられ小倉藩へ持って行ったそうです。対岸の行事御蔵は文政年間には田川郡の年貢米の一部が一旦入れられ小倉へ船で持って行かれた歴史があります。
まだまだ沢山ありますが間もなく行橋市史が発行されますので、その中に詳しく載せていますので是非読んで下さい。
どうも有難う御座いました。
♪♪♪ 本日のロータリーソング ♪♪♪
日も風も星も
作詞:楠本憲吉(東京世田谷RC)、作曲:古関裕而(東京世田谷RC)
1.さわやかな朝だ われらはロータリアン
いつもほほえみ いつも元気で
さあ 出掛けよう
日も風も星も ラララ光るよ
役員及委員会編成表 2005.7〜2006.6 H17.3.29日現在
行橋ロータリークラブ
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会 長 |
村 上 治 郎 |
S A A |
川 中 作 文 |
理 事 |
副 会 長 |
岡 本 隆 |
副SAA |
若 山 直 樹 |
村上治郎
柏木利彦 (直前会長)
岡本 隆 柴冨建實 大鶴勝正 夕田宜功 田中正人
永岡守幸 野正孝則
松岡英隆 村本静雄
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幹 事 |
柴 冨 建 實 |
会 計 |
大 鶴 勝 正 |
副 幹 事
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木 村 圓 雅
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監 査
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梅 田 幹 雄
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委 員 会 |
委 員 長 |
委 員 |
◆職 業 奉 仕 |
永岡 守幸 |
山田忠宏 |
職 業 情 報 |
大塚 政生 |
山中週二 |
職業活動表彰 |
簗瀬 博司 |
中山信巳 |
◆社 会 奉 仕 |
松岡 英隆 |
宮西捷彦 |
環 境 保 全 |
坂辺 明男 |
堀田賢治 |
◆新 世 代 奉 仕 |
田中 正人 |
永久美津雄 |
インターアクト |
村本 静雄 |
田中正人、青井哲雄、大塚政生 |
◆国 際 奉 仕 |
野正 孝則 |
横井俊博 |
米 山 |
宮田 将英 |
酒井清隆 |
ロータリー財団 |
青井 哲雄 |
宮西捷彦 |
◆ク ラ ブ 奉 仕 |
岡本 隆 |
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ロータリー情報 |
柏木 利彦 |
原口 毅 |
職 業 分 類 |
奥村 洋明 |
夕田宜功 |
会 員 選 考 |
虎谷 敏彦 |
簗瀬博司 |
会 員 増 強 |
小坪 幸一 |
虎谷敏彦、奥村洋明、木村圓雅
廣瀬正和、前田利昭、末松孝一 |
出 席 |
若山 直樹 |
道脇孝一 |
会 報 雑 誌 |
福重 勉 |
野正孝則、小坪幸一 |
広 報 |
鳥谷 慶司 |
村本静雄 |
親 睦
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末松 孝一
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大鶴勝正、井上龍彦、田中 昭
園部秋雄、道脇孝一、
川中作文 船津 功 |
プ ロ グ ラ ム |
井上 龍彦 |
永岡守幸 |
健 康 管 理 |
横井 俊博 |
尾形知文 |
クラブ資料保存
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廣瀬 正和
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福重 勉
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